打ち込めるものがある限り 【第17部】「老後」と呼ばないで<5完> – 西日本新聞

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 56歳の時に初めてハローワークを訪ねた。「月収30万円くらいはほしい。息子にまだ学費が必要なもので」。ところが現実は15万円ほどの仕事ばかり。大手機械メーカーに20年、知人の起業を手伝って15年、マーケティングや人材育成を経験し、総務部長も務めた。中小企業診断士などの国家資格もあるのに。大坪正彦さん(69)=福岡市=は自分の“市場価格”に気付かされた。

 「隣近所の視線が刺すようで、『大黒柱』の存在感もない。仕事をしていないことで、こんなにも心が傷つくのかって」。再就職は諦めて、社会保険労務士事務所を開いた。苦い経験をシニアのキャリア支援に生かしている。

 「ほとんどの人は年金だけでは暮らせないのが現実。生涯現役であることは、家計や心身の健康にも重要なんです」

 定年後も働く選択肢は三つ。同じ会社で「継続雇用」、新たな職を見つける「再就職」、自分で仕事をつくる「起業」。どの道を選ぼうと、大事なのは「常に仕事観の再構築をすること」と語る。自分が、(1)何に価値を感じるか(2)何をやりたいか(3)何が得意か-を折に触れ問い続けること。定年前になって次のことを考えるのではなく、「今の仕事で輝くことが、生涯生き生きと働くことにつながる」と、遅くとも30~40代で考え始めるようアドバイスしている。

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 シニアの再就職を支援する公的窓口には、ハローワークやシルバー人材センターがある。ハローワークは昨年「生涯現役支援窓口」を設け、65歳以上の就職を後押しする。シルバー人材センターは月10日くらいの仕事などを紹介するが、昨年の法改正で、就業時間の制限が一部緩和された。

 これらに加えて福岡県は、5年前に「70歳現役応援センター」を設け、シニアの就職や起業、社会参加を支援している。センター長の坪根千恵子さん(51)は「体力に合わせて少しでも働きたいシニアと、人件費を抑えながら人手不足を補いたい企業の需要と供給が一致している」と分析する。

 センターを通じて昨年度は1472人が就職。清掃や配達などの作業員、マンション管理や調理などのサービス業が多かった。だが3カ月後を調べると約22%が離職していた。一番の理由は「体調不良・体力不足」で、「職場の人間関係」が2割に上った。坪根さんは「シニアの就職に必要なのは、新たな職場になじむコミュニケーション能力なんです」と話した。

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 少子化による働き手不足を背景に、政府は年齢を問わず「活躍」できる労働環境づくりを急ぐ。私たちは死ぬまで働き続けなければならないの? 悠々自適の老後、なんて夢物語なのだろうか。

 大坪さんは「僕も仕事はだいぶ減って現役ではないけど、老後とは言われたくないなあ」と反論する。じゃあ老後って何ですか。「仕事でも何でも打ち込めるものがなくなった時が老後。そういうものがなければ、若くても心が枯れるじゃない」

 最近また仕事観の再構築をしている。「おやじが生きた96歳まで」何ができるか、模造紙いっぱいに書き出して考える。「僕は今が青春、なーんてね」 =おわり

 ●シニアが現役、寛容な社会に

 取材で使ったタクシーでも、シニアの運転手が活躍していた。カーナビを操作できず遠回りしたり、メーターを押し忘れたりする人もいたが、「まあ、そんなこともあるか」と気にならなかった。シニアが働き続けることでこうした寛容な空気が生まれることは、多様な人が暮らす社会にとって案外大切なのではないだろうか。

 ただ健康状態は人それぞれで、働けないシニアも少なくない。だから、生涯働き続けることを前提にした社会保障制度であってはならない。また現在は「仕事があるだけでありがたい」と考える人が多く、企業側は「低賃金の調整弁」として利用している側面もある。シニアも適正な賃金で働けるよう、「同一労働同一賃金」の実現は大前提として必要だ。 

=2017/08/12付 西日本新聞朝刊=





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