北村晴男弁護士、袴田事件で「正義の裁判官」の勇気ある行動に涙 – livedoor

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22日放送の「1番だけが知っている」(TBS系)で、弁護士北村晴男氏が、「袴田事件」を担当した裁判官の勇気ある行動に涙する場面があった。

番組では、北村氏が「正義の裁判官」と称賛する元裁判官・熊本典道氏の人生をVTRで再現した。熊本氏は、29歳のとき「袴田事件」で主任裁判官を務めていた。

「袴田事件」とは、1966年に静岡県清水市で発生した強盗殺人放火事件において、元プロボクサーの袴田巌元被告に死刑判決が下されたが、2014年3月に逮捕から48年目で釈放され、再審を命じる判決がなされた事件のこと。

実は、袴田元被告の釈放のため働きかけていたのは、かつての裁判で死刑判決文を書いた熊本氏だったという。死刑判決から40年後、熊本氏は会見を開き、袴田元被告の無罪を確信していたにも関わらず、死刑判決文を書いたことを告白している。

熊本氏が事件の主任裁判官を務めていた当時の裁判官は、熊本氏を含め3人いたそうで、熊本氏以外のふたりが袴田元被告の有罪を主張。裁判官3人の多数決で死刑判決が決まったそうだが、判決文を書くのは主任裁判官の役目だったという。無罪を訴えていた熊本氏が、死刑の判決文を書くという矛盾が起きていたのだ。

熊本氏は、死刑判決文を書いた半年後の1968年9月、無実の人を死刑にしたという罪悪感から裁判官を辞職した。その後は弁護士に転身して、弁護士事務所も開業した。結婚してふたりの子どもにも恵まれる。

だが、最高裁でも袴田元被告の死刑が確定すると、あらためて熊本氏は自身がかつて死刑の判決文を書いた罪の重さを感じることに。酒に溺れてアルコール依存症になり、うつ病とパーキンソン病にも襲われる。家族にも見放されてしまい51歳で離婚し、弁護士の仕事も解雇されてしまう。

そして自身も死を考えて海外に向かった矢先、少年の自殺に遭遇する。少年の親族が悲しむ姿を見た熊本氏は、袴田元被告の死刑を阻止するべく奮起。2007年3月に会見を開き、死刑判決は間違いだったと告白した。

VTRの中で北村氏は「裁判官が守秘義務を守るのは絶対」「合議の秘密を漏らすことは、ありえない」としながらも、それを破ってまで正義を貫いた熊本氏の告白を「40年間の本当に罪の意識に苛まれてきた魂の叫び」だと表現した。

VTR終了後、スタジオでは北村氏が涙をみせる。そして、言葉を詰まらせながら「(熊本氏は)例えばの話、あそこで裁判長に殴りかかってもいいから『絶対におかしい』『もう1度考えてくれ』と、なぜ言い続けなかったのかと自分を責めたと思います」「でも、制度の枠組みの中で生きてる人間っていうのは、そこまで強くない」と語っていた。

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