仕事中のケガ 病院で「健康保険証」がNGの理由 – 日本経済新聞

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 こんにちは。人事労務コンサルタントの佐佐木由美子です。客先へ向かう途中に、足首を捻挫してしまった若菜さん。その後、彼女が取った行動は……。

■客先へ直行する途中で転んでケガ これって労災なの?

 営業職として活躍している若菜さん。社内にいるよりも、客先を行き来することが日常茶飯事で、いつも外を飛び回っています。その日も、自宅から得意先へ直行することになっていました。パンツスーツに身を包み、さっそうと駅の階段を駆け下りていたそのとき、バランスを崩して転倒してしまいました。

 朝のラッシュ時で、駅は多くの人でごった返していました。「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれる人はいましたが、いつまでも倒れ込んでいるわけにはいきません。何とか右足首の痛みをこらえて立ち上がり、改札を出ました。その日は、客先へ大事な資料を届けることになっていて、会社はすぐ近くです。コンビニエンスストアで、新しいストッキングを調達して、何気ない顔をして資料を届けることができました。

 その後、会社に戻って患部を冷やしていたら、痛みも多少収まってきたので、しばらくすればよくなるだろう、と思いました。しかし、翌日になっても腫れと痛みが残っていたので、半休を取って病院へ行ったところ、捻挫であることが分かりました。歩くことはできますが、数日間は無理をせずに、自宅で仕事をすることにしました。

 若菜さんの会社では、働き方改革の取り組みとして、誰でもテレワークを自由に利用できるようになったため、在宅勤務でカバーすることができたのです。ケガをしてみて、つくづくこうした制度があることは便利だと思いました。

 若菜さんは、病院へ行ったときに、「階段で転んでしまった」と医師に伝えましたが、いつどこで転んだかまでは特に聞かれなかったので、答えませんでした。そして、いつも通りに保険証を提示して、治療を受けていたのです。

 それを後から知った総務部の担当者が、「労災じゃないですか!なんで早く言ってくれなかったんですか?」と、慌てて若菜さんに連絡をしてきました。

 若菜さんは、まさかそれが労災保険の対象となるケガという認識はなかったので、かえってびっくりしてしまいました……。

■労災のときに保険証を提示してはいけない

 若菜さんは、労災事故といえば、工場や建設現場で事故に遭う……といった、ニュースに取り上げられるような事故だと思っていました。まさか、客先に行く途中に転んだ程度のケガが、労災事故に該当するとは、想像もつかなかったとのこと。

 こうした誤解は、実は珍しくありません。特に、ケガが軽症の場合は、「これも労災になるんですか?」とかえって驚いたような顔をされることもあります。どうも言葉の響きが重篤なイメージを想像させてしまうようです。

労災事故は特殊な現場だけのものではありません (C) PIXTA

 業務災害とは「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」を指し、業務と傷病等との間に一定の因果関係があることをいいます。つまり、業務起因性と業務遂行性が認められて、業務災害(いわゆる「労災」)と認定されます。出張や社用で外出したり、営業や配達などのために事業所の外で仕事をしたりする場合も、業務遂行性があるといえます。

 本来、若菜さんのようなケースでは、保険証を提示せずに、仕事中に転倒したケガであることを伝えた上で、労災保険を使うべきでした。健康保険が利用できるのは、業務外の傷病に限られており、仕事中や通勤途中の傷病では、健康保険を使うことはできません。

■労災と気付かず保険証を提示するとどうなる?

 いったん保険証を提示してしまった場合、受診した医療機関に申し出て、健康保険から労災保険への切り替えが可能であるかどうか確認します。

 切り替えが可能な場合、窓口で支払った健康保険の自己負担分を返金してもらい、労災保険の申請書(業務上災害の場合は様式第5号)を医療機関へ提出します。病院を経由して、労働基準監督署へ提出されるため、本人が医療費を支払う必要はありません。これを「療養(補償)給付」といいます。

 受診した病院で、労災保険への切り替えができない場合は、かかった医療費について健康保険へ全額本人が支払い、その後労災保険へ請求するため、手続きが大変複雑になります。傷病をした上に、手続きの手間や費用の支払いなどが一時的にせよあるのは、本人にとっても大きな負担といえます。

 こうした事態を避けるためにも、病院において、どのような状況でケガをしたか説明することが大切といえるでしょう。病院側で労災の可能性が高いと判断すれば、適切な対処が期待できます。

 今回、若菜さんのケースでは、在宅勤務でカバーできたので、会社を休むことはありませんでした。もし、業務災害・通勤災害により休業した場合、休業4日目から、「休業(補償)給付」の支給対象になり得ます。なお、業務災害の場合は、最初の休業3日間については、事業主が休業補償を行わねばなりません。

 仕事中や通勤途中のケガは、いつ起こるか分かりません。保険証で対応できないケースが身近にあることを知っておきましょう。

佐佐木由美子

 人事労務コンサルタント・社会保険労務士。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所等に勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、働く女性のための情報共有サロン「サロン・ド・グレース」を主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌等メディアで活躍。

[nikkei WOMAN Online 2017年5月10日付記事を再構成]

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