日本はいつから“日本”になった? 聖徳太子説もあるが… – ZAKZAK

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 日本はいつから日本になったのか?

 前回、日本がジャパンになった理由を調べていて、そもそも日本はいつから「日本」になったのかが、よく分からないので調べてみた。

 日本が初めて外国に認知・記載されたのは、有名な三国志の中の一国、魏(ぎ)の「魏志倭人伝」で、西暦290年代に「倭(わ)国」と記載されたことが始まり。当時の中国は、中華王朝こそ宇宙の中心(中華思想)と思っていて、中国を取り巻く四方をそれぞれ、「東夷(い)→ムジナ」「西戎(じゅう)→羊」「北狄(てき)→犬」「南蛮(ばん)→虫」と呼んで、周辺諸国をさげすんでいた。

 東夷伝の中で倭国は、邪馬台(やまたい)国で、女王・卑弥呼が治める国と書かれているが、倭国という国名は魏が勝手に付けた漢字名。残念ながら当時の日本には文字がなかったため、自分の国のことなのに、この魏志倭人伝に依存するしかなかった。

 その後、漢字の伝来から定着までに約200年かかり、その間の日本史も謎だらけ。そして647年、遣隋使の小野妹子が隋の第2代皇帝・煬帝(ようてい)に渡した国書「日出ずるところの天子、書を日没するところの天子に致す」から、倭国をやめて「日本国」を自称するようになっていた。

 ただし、この国書の送り主について、従来は古代のスーパースター、聖徳太子だと言われてきたが、今では彼は厩戸(うまやど)皇子として同時代にたくさんいた皇太子の1人に過ぎず、彼のさまざまな業績は誰かほかの人のモノであるという説が有力だ。結果、誰が初めて日本国と言い出したのかは不明!

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