「やり切った!」北京五輪 朝原氏、引退後も支えに|オリパラ|NIKKEI … – 日本経済新聞

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アスリートネットワークの朝原宣治副理事長

 2008年北京五輪陸上男子400メートルリレー銅メダルの朝原宣治氏(現アスリートネットワーク副理事長)は、その4年前のアテネ五輪で「どん底」を味わい、引退も頭をよぎった。だが、「やり切った」感覚を求め、現役続行を決意する。朝原氏はどのように再び自分を追い込み、そして結果を残すことができたのか。その経験は20年東京五輪・パラリンピック後の時代「post2020」に第二の人生を歩むアスリートだけでなく、多くの人にとっての指針になりそうだ。(聞き手は公認会計士・心理カウンセラー 藤田耕司)

 ――ジャマイカの選手によるドーピング問題で、朝原さんたちの北京五輪のメダルが銅から銀に繰り上がるかもしれないといったニュースが世界を駆け巡りましたが、どういう心境ですか。

 「我々が3位に入った瞬間が事実だと思っていましたし、もらった銅メダルに愛着もわいていますから、正直、複雑な心境ですね」

 ――当時は36歳でしたね。若くはなかったはずですが、しっかりとトップアスリートとして結果を出しました。

 「実は04年のアテネ五輪の後、『もう32歳だから、そろそろ自分も潮時かな』と、そのままフェードアウトしようと思っていました。選手としては燃え尽きた感じがあり、気持ちは引退に向かっていました」

 ――アテネ五輪は100メートルが2次予選進出で、400メートルリレーが4位。気持ちの整理はついていたのですか。

 「その時はどん底の状態でした。自分の中で選手として『やり切った!』という感じもありませんでしたね。成績についてもそうですが、自らの生き方としても『やり切った!』と言えない状態。このまま引退すると自分の価値がどんどん落ちていって、それとともに自信もなくなっていくだろうなと感じていました」

 ――どん底状態の32歳のときに現役続行を決断できたのは、なぜですか。

 「その年齢で一度落ちたモチベーションと体力を戻すのは、かなり難しいと分かっていました。でも、もしこのどん底から復活できたら、それは競技への自信だけではなく、自分自身への自信も取り戻せると思いました。大きな賭けでしたよ。それでも、そこに賭けることでいろいろなものが戻ってくるのではないかと思ったのです」

 ――現役を続けたうえで結果を出すために、当時どんなことを意識したのですか。

北京五輪男子陸上400メートルリレーでアンカーを務めた朝原氏(右)

 「07年に世界陸上選手権が大阪で開催されることになり、私は地元が関西ですから、そこで活躍したいという気持ちがありました。地元での世界陸上で結果を残して引退というのが最高の引退の仕方だなと。この大会がきっかけで『また世界に向かって頑張ろう』という意識を取り戻すことができました。現役時代に地元の大きな大会に出る機会には、なかなかめぐり合えないんですね。その意味では20年東京五輪・パラリンピックは日本のアスリートにとって、非常に恵まれた機会だと思います」

 ――世界で戦う意識を高めながら、具体的には、どんな行動を起こしたのでしょうか。

 「所属している大阪ガスに『世界陸上大阪大会で結果を残す』と宣言しました。そうやって自分を追い込んでからトレーニングを再開しました。ただ、一度落ちたモチベーションと体力を戻すのは大変でした。トレーニングしても思ったように数値が戻らないんです。『ああ、やっぱり復活は無理かな』と思った時期もありました。でも、世界陸上で結果を残すと宣言したので、大阪ガスでは全社を挙げて自分を応援してくれるということになっていたんです。私設応援団もできていて」

 ――その時点で07年世界陸上大阪大会の出場権は持っていたのですか。

 「いや、持っていないですよ。そこから選考会を勝ち抜いていかないといけなかったので、そもそも出られるかどうかも分からない状況だったんです。トレーニングでの数値も全然戻らないので、『これ、大丈夫かな』と焦りました。アスリートは成績がすべて。よい成績が出ないと競技に対する不安だけでなく、その後の将来のキャリアへの不安も襲ってきます。この両方の不安にもさいなまれていました」

復活を目指してトレー二ングを続けた現役時代を振り返る朝原氏

 ――「世界の朝原」と呼ばれたアスリートに、そんな葛藤があったのですね。それをどう克服したのですか。

 「世界陸上に向けて、とにかくもがきました。現役選手のほとんどは10代、20代。その中で34歳のおっさんが一人でもがいているのは格好悪いですよ。でも、眠っている力を最大限に使うために、これまで培ってきた知識や経験を駆使し、いろいろな角度から考えて考え抜きました。トレーニングに対する考え方も若いときとは変えました。34歳からの復活というのは、ほとんど前例がないので、固定観念を取り払って試せることはどんどん試しました。『正しいやり方』よりも『自分の力を引き出せるやり方』を重視するようにしていました」

 ――どのようにトレーニング方法を変えたのですか。

 「例えば、ウエートトレーニングは若い頃、一般的に正しいといわれている方法でやっていましたが、34歳のときには変えました。自分のフォームはどこの筋肉を強く使っているのかを分析し、その筋肉を鍛えるためのトレーニングを実践しました。米国ではウエートトレーニングをすることでホルモン値を上げ、その状態で通常の練習をすることによって成果を高める方法をとっていました。これは目からウロコでした。そうした方法も積極的に取り入れ、もう一度、自分への負荷を最大値にする目標でトレーニングを続けました」

 ――メンタル面の強化で意識したことはありますか。

 「スタート時に足をブロックに置くのですが、若い頃はブロックを見ながら足を置くようにしていました。34歳のとき、自分の世界に入っている集中状態がブロックを見ようと下を向いた際に途切れてしまうことに気付きました。それ以降はブロックに足を置くときも下を見ず、まっすぐ遠くを見たまま、足でブロックを探りながら足を置くようにしました。これによって高い集中力を維持したままスタートが切れるようになりました」

 ――そういったトレーニングを続けた結果、良い感覚や手応えはあったのでしょうか。

 「トレーニングを続ける中で、ある時に数値がぐぐっと戻り始めたのです。そこから自分の中で『いける!』という感じが出てきました」

 ――世界陸上大阪大会では、その成果が出ましたね。

 「100メートルで準決勝進出、400メートルリレーで38秒03のアジア新記録を出すことができました。それによって北京五輪への道が開けたわけです」

 ――北京五輪という大舞台でのメダルでした。五輪のトラック種目でのメダル獲得は男子では史上初でしたね。「やり切った!」感じはありましたか。

 「ありました。どん底からの復活だっただけに大きな自信を得ることができました。競技の成績という意味だけではなく、自分自身に対する自信という意味でも、この結果は大きかったですね。それで引退を決意できました」

朝原氏(右)は北京五輪で「やり切った!」自信を得て、引退を決意した

 ――この「やり切った!」感覚は引退後のキャリアを築くうえでも大きな意味を持ったのではないですか。

 「自分にとっては大きかったですね。引退後も、北京五輪での『やり切った!』という経験が自分を後押ししてくれています」

 ――これはアスリートだけでなく、現役を退き、第二の人生に歩みだすビジネスパーソンなどにも通じる話だと思います。

 「そうした経験と自信があるかないかで、第二の人生の展開は大きく変わるでしょうね。困難に直面したとき、苦しいときに、こういった経験があると、フル稼働で考えればきっと解決策は見つかるという自信を持って立ち向かえると感じています。そして、周りの声に惑わされずに、自分と向き合ってしっかりと歩みを進めることができるようになると思います」

 ――次回は朝原さんが引退後のセカンドキャリアをどう考えていたのかを話してもらいます。

朝原宣治(あさはら・のぶはる)さん
 1972年生まれ。高校時代に陸上競技を始め、同志社大を経て大阪ガス入社。96年アトランタ五輪など五輪、世界選手権の男子100メートルで5度準決勝進出。北京五輪男子 400メートルリレーで銅メダル獲得。2008年に引退。10年にバレーボール全日本女子監督だった柳本晶一氏らとアスリートのキャリア形成を支援する団体「アスリートネットワーク」を設立、副理事長に就任。陸上クラブ「NOBY T&F CLUB」を主宰し、小学生から中高生、そして高齢者まで幅広く指導を行う。

藤田耕司(ふじた・こうじ)
 1978年生まれ。公認会計士、税理士、心理カウンセラー。早大商卒。監査法人トーマツを経て日本経営心理士協会、FSG税理士事務所、FSGマネジメントを設立。経営コンサルティングと心理学を融合した経営心理学を体系化し、企業の経営顧問、経営者のメンターを務める。主な著書に「リーダーのための経営心理学」(日本経済新聞出版社)がある。

 前回掲載「アスリートは2度輝く 引退を見据えて『市場』耕せ」では、アスリートのセカンドキャリア形成を支援するアスリートネットワークの活動について話してもらいました。

「post2020~次世代の挑戦者たち」は原則水曜日に掲載します。

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